凡人るいちの徒然ばなし

徒然なるままに書いていこうと思います。ぼくの考えたことを多めに時事問題と絡めてお届けしようと思います。参考になるかも知れないし、ならないかも知れない。けど、ぼくへの見方は変わるかも知れない。

努力の話

お久しぶりです。凡人るいちです。

1週間ぶりでしょうか…少しでも文を書くことから遠ざかってしまうとできなくなってしまう気がしますね…

お気づきの方もいるでしょうが、ブログタイトルを変えました!!

今までは時事についての記事も書いていたのですが、最近はめっきりになってしまったのでそれならタイトルもそれにあわせたものの方が良いだろうと思い変えました。

内容は今までと大差ないので、そのままお楽しみいただけたらと思います。

今回は「努力」について考えてみたので、それを書いていきます。

努力すること

今回この記事にした理由は5月に入ったからです。

意味が分からない人も多いと思うので、少しだけ補足をすると、「5月になって今までやって来たことに自信がなくなってきた」ということを解消してほしいと思ったからです。いわゆる「5月病」対策ということです。

では、なぜ「努力」なのかということです。

皆さんが決して「努力」が足りないというわけではありません。むしろその逆です。「努力」をしすぎなのです。

「なぜそんなに頑張るのですか?」と聞くとたいていは「自分はダメだから…」とか「こうしないとできないから…」という言葉が返ってきます。悪いことではないと思います。でも、なにごとも「やり過ぎ」は良くないものです。(その反対に「やらなすぎ」も良くないです。正確に言えば、やらないことを「やり過ぎ」なのですが…)

頑張りすぎる(努力しすぎる)とどうなるのか。というと、疲れます。それだけです。

ただ、この疲れが怖いものなのです。それはなぜか。人間は一定時間同じ動作を続けると「慣れ」がきます。疲れにも慣れというものがあって、気付かなくなってしまいます。

それでも、体の中には疲れは溜まっていきます。そして、それに気付かずに努力をし続けると壊れてしまいます。力をかけ続けた金属のように急に折れてしまいます。

これが「鬱病」のもとになっていくわけです。

ここで「なんでそれが言えるのか?」ということになりますが、答えは「ぼくが経験しているから」です。

思い出したくもないので今回は書かないですが、気になったら個別で聞いてください。

この鬱病の怖いところは、鬱病になってもなお「頑張らないと…」と思うことです。

それはもちろん、まわりからの「努力が足りない」とか「甘ったれてる」とかの声もありますが、自分の中の部分が大きいと思います。つまり、「出来ないと思われたくないから頑張らないと…」というものです。「頑張ること」や「努力すること」に慣れてしまっているのです。

だから、鬱病になったらまずして欲しいことは「頑張らないこと」です。

鬱病になっていなくても抱え込んでやろうとする人には必ず「今まで頑張ってきたのに、何をまだ頑張ることがあるんだい?」と声をかけるようにしています。「もう頑張る必要なんてないよ」と。

「5月病」も同じで、ここまで新しい環境で「頑張ってきた」「努力してきた」人がなるものだと思います。なので、ここらであえて「頑張らないことを頑張って」みませんか?

そうしたらきっとここらがスッと軽くなるはずです。そしたら、目の前には今まで見えなかった景色が広がっているかも知れません。

 

ぼくの「努力」観

ぼくの努力観はすごく厳しいもので、自分自身に言い聞かせているものでもあります。

それは「人の前でしかできない努力など、努力とは呼ばない」というものです。

人はみな、褒められたいという欲求を持っています。それは仕方のないことで、ぼく自身にもあることです。

ただ、努力を見せて褒められるのでは、それは正しい過程だとは思いません。

「ぼくはなぜ努力をするのか?」そう問いかけたときに「褒められたいからする」というのと「能力を伸ばしたいからする」というのでは大きく違っています。効果も段違いなものになります。

何事も正しい過程をとらないと、効果は半減してしまうものなのです。

あ、そうそう。「努力は必ず報われる」という言葉がありますが、アレは嘘ですから皆さん信じないようにお願いしますね。

「努力は常に続けたものの中で1番長くしたものだけが、ごくまれに報われる」という感じなので、要は「続けることが一番の努力だよ」くらいのイメージです。

なので、「やってるのに報われない」というのはそういうことです。

細くても良いから「頑張りすぎないで継続して」みてください。もしかしたら報われるかも知れません。

 

 

今回はここまでです。

皆さんは努力してますか?しているよという方もしていないよという方も、そして分からないよという方も「ほどほど」にしてくださいね。

それではまたいつか、気が向いたときにお会いしましょう!!